世界金融の総本山シティ・オブ・ロンドンの歴史とこれからとブレグジット

2017年11月15日

テムズ川からみたシティーオブロンドン。

中央の細長い卵のようなビルは30 St Mary Axe。

所有者はスイス再保険です。

イギリスの首都ロンドンのど真ん中にシティオブロンドンが鎮座している

赤丸をつけたところがシティオブロンドンの場所です。

この小さいスクエアマイル(約3平方キロメートルほど)がイギリス全土、そしてウォール街を含む世界の金融を支配しています。

驚くべきことにその地図上の範囲は中世以来ほとんど変化していません。

イギリスという国家の誕生よりもシティオブロンドンの成立のほうが数百年早いと言われています。

2000年ほどまえに(紀元43年)ローマ人がブリテン島に侵入し、今のウェールズ、イングランドあたり一帯を制圧し、テムズ川の北にロンデニウムという居留地を作りました。

5世紀にアングロサクソン人の移住が始まりローマは撤退することになるのですが、ロンデニウムは城壁で守られイングランドの王は認めてもその自治権は譲りませんでした。

独自の市長、税制、法律を持っている

シティオブロンドンの旗と紋章です。

ロンドンとシティオブロンドンは混同しやすいですが別物です。

よってそれぞれに市長がいます。

2016年にイスラム系で初の市長になりニュースを賑わせたサディク・カーン氏は一般に言うロンドン市長です。

世界に知られるロンドン市長は Mayor of London 。

一方シティオブロンドンの市長は Load Mayor of London 。

2017年のロードメーヤーオブロンドンは第690でチャールズボーマン氏となっています。

警察もロンドン警視庁(スコットランドヤード)とは別のシティーオブロンドンポリスを設置しています。

そしてシティーオブロンドンはイギリスの金融セクターとして機能しています。

昼間人口は30万人を超えるのに住人は1万人しかいません。

シティの歴史は中世にさかのぼる

日本ではニューヨークのウォール街のほうが有名ですね。

しかし歴史的にはシティのほうがずっと古いです。歴史の浅い国アメリカと比べたら当たり前ですが。

シティの原形は中世のギルドまでさかのぼります。

ギルドは商業や工業の独占を目指し非常に排他的である同業者の組合です。中世に発展しました。

そしてシティには今でも影響力の高い同業組合が12あります。

同業組合会社自体は今でもリヴァリ・カンパニー(Livery company)として残っておりその数は100を超えています。

3つほどあげてみますと、Mercers’ Company、Grocers’ HallThe Drapers’ Company。全然有名じゃありませんね。

このような我々にとってはちょっとなじみがないような会社もシティーを構成している要素なのです。というか実は本体なのかもしれません。

シティの正式名称はシティオブロンドンコーポレーション。

コーポレーションはまさに自治体。

ギルドは16世紀になって衰退したとされていますが、過去においては王権との癒着などもあり既得権益の獲得に熱心でもありました。

過去と同じではないにしろギルドというものが今でも綿綿と受け継がれシティに存在しているという事実を認識しているとイギリスという国を理解する一助となりそうです。

ブレグジットについてはこちらで詳しく書きました。

次はシティに鎮座するイングランド銀行についてです。

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