スポンサードリンク



世界一の富豪だったジャン・ポール・ゲティから学ぶ節約術 孫の身代金をケチった男

アメリカの石油王ジャン・ポール・ゲティとは

雑誌フォーチュンで世界一の大富豪に選ばれたのが1956年。
1966年のギネスブックにも世界一の富豪として載っています。
当時の資産は1.2ビリオンドル。現在の貨幣価値でいうと
7ビリオンドル(7000億円ほど)

現在1位のアマゾン・ジェフ・ベソス氏は17兆円越えですから富が
一極集中しているのがうかがえます。

父が開いた石油会社を後に共同でゲティオイルカンパニーとし
大もうけしました。

1976年83歳でなくなり、ゲティオイルもテキサコに売却されました。

死後、氏の遺産のほとんどはゲティ財団に預けられ、財団は美術系としては
世界一の規模を現在も誇っています。

J・ポール・ゲティ美術館の規模が凄い

ロサンゼルスにあるゲティ美術館は年間200万人の来場者があります。
この入場者数は世界でみると30位くらいです。

1位はパリのルーヴル美術館。年間700万人以上です。

日本では国立新美術館が20位にランクインしています。

ゲティ美術館は上空写真から見て分かるように膨大で1日で全てを見て
周ることは不可能でしょう。

世界を驚かせたどケチ人間の吝嗇ぶりから学べるか

ジャン・ポール・ゲティ氏は孫が誘拐され身代金を要求されたときに
その支払いを拒否したことで有名になりました。

ゲティ家の身代金という映画にもなりました。

誘拐された彼の孫ジョンポールゲティ3世は身代金を払って貰え
ないのでなんと5ヶ月間もマフィアに監禁されました。

当初は1700万ドル要求されていたのに払わないでいるので
5ヶ月で320万ドルに下がり、最終的にマフィアに支払われた額は
290万ドルだったそうです。

ジャンが支払ったのは220万ドル。残りの70万ドルは孫の親である
実の息子に利子をつけて貸したそうです。

孫の片方の耳が切られて配達されてやっと少しは払おうという
気になったようです。

というのもケチケチじじいから金を巻き上げようぜ作戦を孫サイドが
行っていた可能性もジャンは疑っていたようです。

お金を人に貸さない。貸すときは金銭消費貸借契約を結び
利子まできっちり取る

ジャンが身代金に支払った220万ドルという金額は所得控除される
マックスであったとのことです。

その金額までは彼の懐は痛まない。残りの70万ドルは4%の利子で
実の息子に貸し付けました。

それでも4%という数字は実の息子への優しさだったのかも
しれません。

知り合いや友人にお金を貸すことは慎むべき行為でありますが、
生きているとそのような事態に遭遇することはままあります。

選択としては貸さない、やったものとして貸す、絶対回収するの
3つだと思います。

多くの方が貸したけど返ってこなくて泣き寝入りしています。
私もそのうちの一人です。

知り合いに借金を頼む人間はろくな者じゃない
場合が多い


何にでも例外がありますから言い切れるわけではありませんが、
友人知人からお金を借りようとする人間は金銭的にもルーズで
だらしない人が多いと思います。

そして貸した人間は貸したことを忘れませんが、借りた人間は
借りたことを忘れる傾向にあります。酷い話です。

お人よしで良い人であると貸した金が返ってこなくて泣き寝入りを
人生で何度もしないといけないかもしれません。

借りる側は軽い気持ちでも必死に言い訳を探していかに必要か
アピールしてきます。

借用書も利子ありにして公正証書にする旨を伝えれば
引き下がる可能性もあり

このように利息についても記載したものに書名捺印してもらい、
ついでに公正証書にもする旨を伝えれば利息も含め全て法的に効力を
持ちますから差し押さえも可能になり回収率が上がります。

※公正証書にすると裁判をしなくても差し押さえできます。

利息を払ってまで借りようとは思っていない相手にはこれで怯ませる
こともできます。

利息制限法の上限年利20%にしておけば借りることを断念するかも
しれませんし、それで借りてくれればこちらが儲かるのでOKです。

記載額に応じて収入印紙を相手に貼ってもらうこともお忘れなく。

そして公正証書作成に必要な金額も勿論相手に支払ってもらうことを
条件に貸します。

100万円までは5000円です。つまり1万円でも5000円が
公正証書作成にかかります。

倹約なくして繁栄なしbyジャン・ポール・ゲティ

彼の箴言であります。

1960年代当時、世界一の金持ちであったにもかかわらず、
彼は大変な倹約家でした。

莫大な資産がありながらそれを会計士に管理させ、わずかの現金で
生活していたとのこと。いつもポケットには25ドル以上入っては
いなかったそうです。

そしてイギリスに住んでいたころの豪邸には公衆電話を設置し、
客人が高額の長距離電話を利用するのを防いだといいます。

もう一つ彼が残した言葉で「景気の良いときは守銭奴となれ」
というものがあります。

この言葉を知っていればバブル景気のときに一文無しになる方が
減っていたのではないでしょうか。

稼ぎ時のタイミングの計り方も常人とは正反対であるように思います。

スポンサードリンク



ソーシャル

金融知識をシェアする