ジョン・マカフィー氏のビットコインへの影響。マカフィー砲とは何か

世界大手アンチウイルスソフト会社McAfee(マカフィー)の創業者
であるジョン・マカフィー氏。70代です。

仮想通貨界隈ではツイッターのマカフィー砲で世間を騒がせています。

彼はどのような人物なのか迫ってみます。

ジョン・マカフィー氏の光と闇。薬物依存との闘い


自慢げにタトゥーを披露するジョン・マカフィー氏

ジョンマカフィー氏は1945年に英国スコットランドで生まれています。
父はアメリカの兵士、母はイギリス人。

その後父の国であるアメリカで育ちます。

父親は暴力を振るうアル中でジョンが15歳のときに自殺
しています。

父親に虐待を受けながらも学業は優秀でした。
しかし彼自身もアルコールとドラッグの依存に悩まされます。

大学在学中からアルコール依存症会社員になってドラッグ依存症

Roanoke 大学在学中は詐欺まがいの雑誌訪問販売で利益を
あげてそのお金を全て酒にして飲みまくっていたのに
ちゃんと卒業できました。

大学での博士号過程では後輩と性的関係を持ったため退学に
なっています。彼女とは後に結婚して離婚しています。

その後ニューヨークにあるNASAの関連施設でプログラマーと
しての職を見つけました。

依存症や奇行の問題はあったものの大変優秀であったので
仕事探しは簡単で次々と名の知れた企業で働いたのでした。
ですが、時にはインパクトのある偽の履歴書を使っていたそうです。

1970年代半ばにはXeroxで、1980年代はIT・技術系の
コンサル会社ブーズ・アレン・ハミルトンと液体肥料会社
OMEXで働きました。

OMEX時代にはなんとオフィスでも酒やドラッグをやっており
同僚が激怒してついに首になってしまいました。

朝からデスクでコカインを何列も鼻から吸引し、スコッチは
一瓶空けていたそうです。毎日。

首になったあと、妻は去り、犬は人にやり、友人もおらず、
ただただ家に引きこもりドラッグをやっていたそうです。

俺も親父のように拳銃自殺しようかなと考えていました。

この出来事を機にようやくこりゃいかんと思った彼は
アルコホーリクス・アノニマスに入り治療しました。

そして元アル中薬中の彼が次に入った会社がかの
ロッキードマーチン社です。中島らもさんもびっくりです。

そこでは音声認識プログラムを研究してのちのアンチウィルス
ソフト会社マカフィー設立に繋がるのでした。

マカフィー社設立後1992コンピューターウイルスミケランジェロで大儲け

マカフィー社創設は1987年。

当時の年商は500万ドル。世界の一流企業が彼のアンチウイルス
システムを使っていたそうです。

ビッグウェーブは1992年にやってきました。
コンピューターウイルスミケランジェロがマカフィーに
爆益をもたらしました。

ミケランジェロにより企業だけではなく一般のパソコンユーザーにも
アンチウイルスソフトの導入が意識されるようになりました。

1994マカフィー社から退いた後のジョン・マカフィー氏

1996年には株式も売却し1億ドルの利益を手中に収める。

それ以降は若手事業家のアドバイス、公演会などをしていました。
自身のビジネスとしてはソーシャルネットワークであるPowWowや
Tribal Voiceを立ち上げましたがヒットしていません。

2008年のリーマンショックで資産を大幅に減らす

リーマンショックの煽りをうけ1億ドルの資産が4百万ドルまで
減ってしまいます。

そしてその後土地を売却してベリーズへの移住を決意します。
決断基準はアメリカから近く、英語が使えて、美しいビーチがあること。


カリブ海の宝石と呼ばれる英連邦王国の一国ベリーズ。
人口40万人に満たない。

そこでベリーズのジャングルを生かした抗生物質ビジネスを興そうとしました。
Quorumexという名前の会社です。

リゾート地のレストランでジョンが昼食をとっていたときたまたま
居合わせたアメリカ人女性がいました。

アリソン・アドニチオさんです。当時31歳で、ハーバード大学で
微生物の研究をしているポスドクでした。

美人ですね。彼女と抗生物質ビジネスをすることをそのレストランで
速攻決めちゃったジョンです。

彼女は休暇でたまたまベリーズを訪れていたのでした。

ポスドクを辞めて買ったばかりのボストンの家も売り払い、
ベリーズに移住して、ラボやらなにやらジョンに面倒みてもらったようです。
美しいですからね!

彼女がその後どうなったのか私は知りません。(調べる気がない)

この頃から彼はいつも誰かに監視されているという妄想に
悩まされるようになります。


マカフィーと愉快な仲間たちinベリーズ

監視している何者かから身を守るために武装したボディーガーを
雇い、番犬を数匹、若い女性数名と一緒に暮らしていたようです。

2012年ベリーズで逮捕される

フル武装した警官30人がマカフィー氏の邸宅に大挙して
鍵のかかっていないゲートやドアをぶち壊しながら侵入しました。

未承認の銃器所持と薬物ラボ運営の容疑です。隣人殺しの
容疑も別件であります。
薬物は抗生物質関連の物だと氏は主張していました。

その後グアテマラへの不法入国逮捕を経て、2012年12月に
フロリダに戻っときました。

もう彼の過去を追って、昔の英語記事を翻訳するので
へとへとになってしまいました。

その後カナダに行ってアートビジネスを手がけたり、
2016年にはJohn McAfee Global Technologies, Inc.
というソーシャルゲームの会社のCEOになりました。

ジョン・マカフィー氏がどのような人物であるか、
少しはお分かりいただけたでしょうか。

ジョン・マカフィー氏のツイッターでの仮想通貨言及がマカフィー砲

ビットコインや他の仮想通貨に対してツイッター上でつぶやく事が
多くなったマカフィー氏ですが、その発言に対して
通貨の価格が急上昇する現象をマカフィー砲といいます。

最近では私のツイッターはハッキングされて通貨に関するコメントは
私ではない!などといっています。

それでも言及された通貨が上昇したのは事実です。
物凄い短時間ですが。

パソコンの前に常に待機して追っかけていないとなかなか
利用できないと思います。

彼の発言が信頼できるかどうかの問題でもありますし。

ただマカフィー砲で儲けた人がいることは事実です。

まあなんといいましょうか完全にぶっとんでいるおじいちゃんですね。


仮想通貨

Posted by mogu